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「紀伊半島680km、+2.7km」(10) [旅行記]

書いてる暇が無くなって来た。ピンチ…

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kiha11-304.jpg
紀勢線限定のキハ11形300番台(写真はキハ11-304、新宮駅にて)。

【5. 普通2331M 古座→新宮 34.8km】
古座川脇での撮影を終えて、古座駅へと撤収。古座 12:49 発の普通列車 (2331M) に乗り込む。車両は105系F5編成で、新宮側からクモハ105-30・クハ104-7の2両編成。2両とも1981年の新造だが、クモハ105-30は旧・モハ105-3で1984年に中間車から先頭車に改造された経歴がある。古座まで乗車したF1編成と同様に2004年に福塩線から紀勢線へと移籍した。

高校生の帰宅時間帯に重なったらしく、車内は高校生で埋まっている。彼らとともに熊野灘を望みながら紀伊半島を北上することに。2つ目の紀伊浦神駅で9分も停車。新宮発串本行き普通(2332M、105系F3編成)と、後続の特急くろしお20号(283系B602編成)と交換する。クジラの絵が描かれた太地駅や、特急南紀の終点紀伊勝浦駅など有名どころに止まりつつ進み、宇久井駅で終点間近な南紀3号と交換。停車時間は1分もないので、特急列車にもかかわらず相手も運転停車。特急を停めさせるとは傲慢不遜な普通列車である。新宮 13:51 着。

【6. 普通334C 新宮→熊野市 22.6km】
割と高頻度で行われる新宮駅構内の入換作業を眺めつつ、次の列車まで待つ。いよいよ紀勢線東部に入り、JR東海の区間へと戻ってきた。

次は新宮 15:11 発の亀山行き普通334C。キハ11-303+キハ11-6の2両編成が充当されていた。キハ11-6は1988年新潟鐵工所製、キハ11-303は1999年の新潟鐵工所製。同じキハ11形だが、普通鋼車体(0番台等)とステンレス車体(300番台)と外見が明かに異なる。ワンマン運転なので無人駅では1両目しかドアが開かないためか、1両目は地元の客、2両目は観光客と綺麗に済み分けられていた。

新宮駅を発車後長い鉄橋で熊野川を渡り、これで長かった和歌山県ともお別れ。次の鵜殿駅ではDD51 890が入換作業中で、紀勢線唯一の貨物列車(稲沢~鵜殿間)が出発を準備しているようであった。単線だがこの他に列車の行き違いはなく、坦々と進む。熊野市駅 15:41 着、亀山行きだがここで下車する。

この後は熊野市駅南方の跨線橋から紀勢線撮影タイム。南紀5号と普通列車2本(336C・331C)を撮影できたが、DD51牽引の貨物列車はあっけなく失敗してしまう…。

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